montokokoroの日記

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急に具合が悪くなる

急に具合が悪くなる/宮野真生子・磯野真穂

著者2人の手紙のやり取りを元に本にした本。本にした本ってなんだ。

 

宮野真生子は哲学者。磯野真穂は文化人類学、医療人類学の専門家。2人が専門分野を用いながら何かしらのテーマや宮野さんの病気のこと、病気のリスクや治療の考え方について語り会うというのがこの本の最初の目的らしい。結果宮野さんの病がこのやり取りの途中で本当に悪くなっていき、話の方向性が変わっていく。

タイトルの「急に具合が悪くなる」は宮野さんがガンを患っていて、急に体調が悪くなる可能性があることを周囲の関係者に事前に説明してたことから。

 

宮野さんは九鬼周造の研究をしていた。ちょうど今九鬼周造の「偶然性の問題」を読もうとしていたところ友人から参考になると紹介されたので借りた。

「偶然性の問題」は難しい。宮野さんは「急に具合が悪くなる」の中でざっくり九鬼の思想を解説してくれたので、大体の話が分かった。かなり大まかに。

 

宮野さんは右の乳房が乳がんになり、切除をして他の身体の脂肪を乳房に移植した。手術後の右乳房は触っても感触がない状態だったらしい。これは伊藤計劃の右足と一緒だ。彼も右足の神経と筋を切除して右足の膝から下の感覚がなくなった。宮野は自分が100%患者となり役割を持つこと、その中で物語になることを嫌った。自分が誰かの物語になること、他人を自分の物語に巻き込むことを嫌っていた。一方で、伊藤計劃は自分の右足、ガンが進行していく自分の身体、安定剤で不安が簡単になくなる心を物語の材料として見つめていたらしい(円城塔いわく)。実際伊藤計劃の作品では身体や思想はテクノロジーで簡単に変えられるものとして描かれている。学者とSF作家では考え方も違うし、物語という言葉の意味も両者では違う。学者が作るのは論文、学術書、新たな仮説、批判など。一方でSF作家が作るのは物語なんだから、両者を物語の前に平等に語るのは無理がある。職業だけでなく、2人の人間関係への考え方も違うだろうし、むしろそちらの方が大きいと思う。しかしここまで病気の自分と物語へのスタンスが分かれるのは面白い。

 

宮野さんの専門である九鬼の偶然性の話も参考になったが、磯野さんの多彩な人類学の話も面白かった。

医学はガンになる確率やメカニズムを説明するので偶然の話を扱っているように見えるが、なぜ宮野さんがガンになったのかは説明できない。宮野さんがガンにならないこともありえたが、にもかかわらず彼女はガンになった。その、にもかかわらずは科学では説明できない。遺伝とか食生活などの中に要因を探すことは出来るけど、それは可能性の話でしかない。そこで磯野さんの説明する呪術の話が出てくる。呪術など科学の前ではオカルトでしかないが、なぜの部分に対処するためには結構役立つ。

他にも医療を3つのセクターで分類したり、ラインと連結器の話など面白い話が多かった。

 

本の終盤では、偶然ばかりの世界でなぜ逃げずに進もうとするのかみたいな話になっていく。かなりはしょった。

ニートは逃げ続けたあげく袋小路まで追い込まれた状態。進むかあ。