montokokoroの日記

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2026、夏、アニメ

夏アニメ、豊作な気がする。

去年も夏はよくアニメ見てた気がする。夏はアニメ。

去年のブログだと、「エンジェルビーツ」を絶賛している。ゆりっぺ......。

夏なんで「AIR」も見返した。やっぱオープニングが最高なんだよな。アバンでイントロが流れるところとか。

1995年の夏は、海辺の日向で昼寝出来てたのか。今やると秒で熱中症なんだよな。たった30年で、地球はとことん汚れちまった。ごめんな、観鈴。

 

今期のアニメで見てるやつです。

・攻殻機動隊

かなり原作の漫画を再現した作り。今までのアニメと比べるとキャラの性格とか言動がだいぶ違う。世界観も若干緩いというか、ギャグテイスト。でもやってることはちゃんとした刑事もの。

ちなみに攻殻機動隊のアニメは全部見てる。映画、SAC、アライズ、2045。

全部よく分かってない。全部やってることが難しいんだよまじで。

 

・グロウアップショウ~ひまわりのサーカス団~

昭和後期の女の子のサーカス団。

百合って感じで、大変よろしい。公式サイトのキャラ紹介に、わざわざペアでのイラストも上がってるので、そういうことです。

1話時点では、王子様系キャラの雫が、しっとりしている感じで良かった。あの表情で続きを見ることを決めた。んで、3話の雫。良いですわ......。

スヴェトラーナという、ロシア系の美女がいる。時代的に、だいぶ重い過去がありそうな気がする。衝撃に備えておかねば。

主人公の瑞佳が、空気を読まず、ばっさりと言いたいことを言うキャラだが、本音の部分が案外難しいキャラだ。まっすぐ自分のやりたいことだけしているようで、結構おかしな行動をしているような。どうなるかな。

サーカスって生で見たことないな。

 

・天幕のジャードゥーガル

奴隷として楽しく生きていた女の子が、当時最強のモンゴル帝国に全て奪われる。女の子は復讐心を隠しながらモンゴルで奴隷として生き残る。という話。

デフォルメされたキャラデザインで良かった。リアルだとかなりきついシーンが多い。

当時のペルシャとかモンゴルの文化や生活のアニメ映像だけでもかなり面白い。

今のところ、一番続きが気になる。5話でかなりの急展開が訪れる。

かわいい女の子が頑張る話は好きです。俺も頑張らないと!

ただ、この主人公ががんばってそれが達成されたら、別の死体の山が出来上がっているような。

復習なんてはた目から見たらどう転んでもバッドエンドだ。

 

・レッツゴー怪奇組

オモコロで大体の話は読んだことがある。

ギャグが妙なテンポで面白いし、オープニングとエンディングも癖になる変な感じがある。この曲、なんか変?

 

・ブリーチ

今のところ放送されたのは1話だけ。

夜一さんが大活躍で、次は浦原の卍解か。楽しみだ。

ジェラルドの相手が、原作よりだいぶ大人数になっているけど、大丈夫かな。というか、アニメではちゃんと倒すのかな。原作は雑な処理をされた感が否めない。作者も倒し方を思い浮かばなかったのか、時間がなかったのか。

 

他にもみたい今期のアニメがけっこうある。でも、今の時点で見てない奴は、結局見ないような。うーん。

 

秋には「サイレン」もアニメ化する。楽しみだ。平成の意地を見せて欲しい。

あと、ガンダムの新作の映像も出た。「アレックスゼロ」。なんだかんだ、毎年新作のガンダム作ってるのは、本当にすごいと思う。

 

終わり

 

2026年上半期、読んだ本の話。

・ゴリラ裁判の日 須藤古都離

 ゴリラが裁判をする話。タイトルのまんまです。

 あらすじ。主人公のメスゴリラのローズは、めちゃくちゃ知能が高い。人の手話をマスターしコミュニケーションを取ることができる。故郷のジャングルを離れてアメリカに行き、一躍有名になる。しかし暮らしている動物園である事件がおき、その責任を人間に取らせるために訴えを起こす。

 基本ローズの一人称で話が進む。ローズの目からすれば他の普通のゴリラとジャングルで暮らすことが日常でそこに幸せを感じているが、アメリカにある人間の世界にも憧れている。二つの世界を理解できるからこその揺らぎもあり、また彼女の全てに同じ視線で理解できる生物はいない孤独もある。

 気になったのは、裁判があっさり受理されたということ。その過程はあまり描かれず、ローズが裁判をしようと思うと、すっと裁判が始まる。裁判を求めることが出来たとして、それが受理されるかというところでも、社会や法の世界でひと悶着置きそうだが。そこは描き切れなかったのか、書いたけど面白くないからさらっとカットしたのか。

 書いていないことを指摘するのは細かいことに目くじらを立てるようだが、この作品では人間社会というものをきちんと描写している。ローズが渡米したときも事件が起きたときも社会の反応、人々の意見を描いている。だからこそ、訴えを裁判所が受理するまでの過程も見たかった。それを法がどう解釈し受け入れるのか。そこは本筋ではないと言えば、それまでだが。

 

・コンビニ人間 村田沙耶香

主人公の恵子はコンビニ店員のアルバイトをしている36才の独身女性。正社員の仕事や結婚に興味はない。というか、一般的な人間が持っている欲求のほとんどを持っていない。彼女はコンビニ店員をしているときだけ、自分が社会の一部になれているという自覚を感じ取れる。

 恵子は異常者である。そんな恵子の異常さと、恵子の目線で解析される社会と人間関係、そしてコンビニ。

 例えば、恵子は怒りという感情がわかない。しかし、周りのコンビニ店員が、他のコンビニ店員に怒って愚痴を言っているときには、「一緒に怒ることで団結することができる」ということに気づき、怒ったふりをする。その時恵子はその店員が言った愚痴をほとんどそのまま繰り返す。表情や声のトーンも真似て、怒ったふりをする。そして、自分もその店員たちと一体になれたと感じ安堵する。怒りを感じない恵子と、怒りによって団結する普通の人たち。そして怒りを演じることで自分も普通だと演じようとする恵子。恵子は自分が普通と違うことを自覚し、それをなるべく隠そうとしているのだ。

 実は以前もこの小説を読んだことがある。その時は今回ほど面白さを感じなかった。所々の描写にリアリティを感じなかったからだ。それは大体コンビニの外の出来事である。

 例えば、友人に誘われて、バーベキューに参加するところ。普段異物と思われないように普通の人に擬態している恵子。しかしそこでは異常者として浮かび上がり、周囲から拒絶されるという象徴的なシーンだ。とても大事なパートなのに、ページ数はあまりさかれていない。バーベキューへの言及や参加者の描写はほとんどない。それなのに恵子はだれかが喋って口から飛ばした唾が肉についたことばかり気にしている。自分の異常さが気づかれ、周囲の人間から浮かんでいるのに、そんなことばかりに目が良く。

 ところどころの描写の不足。それはそのまま、恵子の興味と認識である。この小説は恵子の一人称なので、描写に乏しいのはそのまま、恵子の見ている世界なのだ。反対に、コンビニの内部の描写はとても丁寧で細部にいきわたっている。陳列されている商品や店内のさまざまな音。お客の細かい所作から行動や欲しいものを察する観察眼など、コンビニの内部の描かれ方はかなり力が入っている。丁寧に描かれるコンビニの内部と、ざっくりと簡潔にしか語られない外部の世界。それはそのまま恵子の感じる世界だ。

 

・アステリズムに花束を 

これは色んな作者の短編集、アンソロジー。テーマは、百合SF。

一時期、本屋の棚の一角で、百合SF作品のキャンペーンが組まれていて、色んな作品が並んでいた。そんなことを思い出した。SFと百合は相性がいいのだろうか。

SFが人体に言及するとき、性差というのは大事は要素だ。そして人口生殖やクローン人間というのも、SFではよくテーマになる。それらが可能になった世界では、異性同士がカップルになる必然性は薄れる。というか、家族の在り方も解体されたりする。

それとSFは男性の方がよく読む(気がする)。そうなるとBLより百合の方が喜ばれる。そんなこんなで、百合とSFは相性がいい。そんな気がしてきた。

伴名練の短編「彼岸花」は、世界観が「ホーリーアイアンメイデン」、「ゼロ年代の臨界点」と似ていた。大正時代から昭和初期あたりの日本での、女学生同士の女性同士の恋。耽美で儚い、淡い恋心。ありがとう。

小川一水の「ツインスターサイクロンランナウェイ」は体格差カップルのバディもの。ガス惑星で地球外生物を漁にするスペースオペラ。

小さいほうの人形みたいな女の子がむっつりすけべで、大きい方の女の子を密かにそういう目で見ている。でもそういう視線は女の子には筒抜けです。大きい方は男性に苦手意識があり婚活もうまくいかず、もう女の子でいいかな、とか思い出している時で、最高の二人って感じだ。問題児ふたり、ただしかわいい。

文体が軽妙。科学的なところだと機械航空、天体、惑星の組成、世界観だと氏族社会や経済など、結構難しいことをやってるんだが、絶妙なテンポで話が進む。会話劇とキャラも良い。

この作品は短編発表後、好評につき長編で4巻出て完結。1巻は読んだ。大体のストーリーは短編と同じだが、世界観の膨らみ方はかなりのもので、続きが気になる。

 

・幼年期の終わり アーサー・クラーク

SF小説のビッグタイトル。

壮絶な物語と衝撃だった。こういう、悲劇なのか喜劇なのか分からない作品が好きかもしれない。「タイタンの妖女」に近い衝撃。

「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である」というチャップリンの名言がある。SFは時々、喜劇よりさらに遠くの視点に至ることがあり、そこからは、人生はただの点くらいにしか見えない。個人の人生などただの点。数十年の違いや幸不幸なんて認識不可能。そうなると、悲劇も喜劇も僅差だ。あまりの遠大さに悲喜は判別不能になる。その遠さに立って初めて人類は一つになることができる。宇宙の中のたったひとつの小さな点に。

物語としての盛り上がりも所々あって、長さの割りに飽きがない。総長が拉致されたり、オーヴァーロードの正体を探ったり。宇宙船に潜伏したやつが、意外な役割で地球に戻ってきたり。

面白かった。

個のままであり続ける種と、個を捨て、総体になり、オーバーマインドの一部になる種。

オーバーロードは、羨望と嫉妬を持ちながら、科学的にはるかに劣る人類を見ていた。どんな思いか。

そして、彼らの方も、袋小路だったらどうしよう。彼らも何かしらの問題に行きついて、それをどうにかするために藁にも縋る思いで、人類をああしたのかもしれない。それとも、ただ被害者を増やすために人類を巻き込んだのかもしれない。

ただ、それは我々には分からない。

 

小説だけだとこんな感じに面白い作品がありました。

他にもいろいろ読みましたが、それはまた今度まとめるかもしれません。最近は図書館でノンフィクションもよく読む。エッセイとか、生物学っぽい本とか。あと興味があるのはウィトゲンシュタインの思想で、解説書をいくつか読んだ。NHKの100分で名著もちょうどやってたので見てた。思想もだが、彼の人生もすごい面白い。でも、本丸の「論理哲学論考」はまだしり込みしている。大体の解説が難解だと評している。うーん、怖い。

 

映画やアニメの感想もまとめたい。今年見たのだと「レヴュースタァライト」とか「ダンジョン飯」とか。「クラナド」とか「ガンダムΖ」は既にブログで書いたような。というか、読書垢なのにアニメの感想の方が多いんだよなあ。それか、こんなゲームしてました、とか。

時間はいっぱいあるんだけどね、ニートだから。でも、気が進まない時が大半。それがニート。ニートの気、進まないがち。あると思います。

 

終わり

 

ナデシコ、ルリ、ボソン

またまたアニメの話です。

「機動戦艦ナデシコ」見ました。

妙な面白さのある作品だった。

 

人類が地球を飛び出して、月と火星でも生活するようになった未来。急に木星から謎の無人機の軍勢が攻めてくる。人類は地球まで撤退したが、戦艦ナデシコが火星奪還のため宇宙に出る、という話。

初見の設定はガンダムっぽいな、と。宇宙とか地球とかで、戦艦やロボットで戦う感じ。

中盤までギャグや人間関係とかが中心になり、ガンダムっぽさが薄れてきたあたり、やっぱり急にガンダムっぽくなる。木星の無人機は、実は人間が操っていたことが判明する。今まで無人機とか、よく分からない相手だった木星の軍勢が、正体は同じ人間だったと。

彼らは100年前、月に暮らしていた人類だった。そして月で独立しようとしたら地球の逆鱗に触れてしまい、めちゃくちゃな戦闘状態になって、泣く泣く宇宙をさすらい、木星まで逃げて行ったという過去を持つ人たちだった。この、独立を掲げたら実効支配してるやつらにめちゃくちゃにキレられるっていうのは、ガンダムっぽい。地球連邦対ジオン、みたいな。木星の人々は「ゲキガンガー」を聖典として崇めている。妙な宗教観というか、精神性とか生き様、道徳としてかなりストイックにそれらを真似ている。ニュータイプの革新にすがるジオンみたいだ。多分、きつい環境の集団こそ厳しい戒律やシンプルな世界観の宗教に行きつくのだろう。

そこから戦争のシリアスさが話の中心になりつつ、木星にあった謎の古代遺跡のオーバーテクノロジーとかも加わり、色んな要素があるてんこ盛りな話になっていく。

 

演出はエヴァっぽくもある。短めの静止画をパパパッと切り替える見せ方とか、コックピットの中で色んなメーターやスクリーンが煩雑にごちゃごちゃするところとか。すごい偉い役人の老人たちが会議してるシーンとかもゼーレっぽい。色んなところの描写にエヴァから影響を受けたんだろうなと思う。放送時期では、アニメ版のエヴァが放送された1年後とかなので。

そして熱血アニメのテンションは、昭和のそういうアニメっぽい。というか、作中に出てくる「ゲキガンガー」というアニメはもろにそれ。眉毛が濃くて、河原で喧嘩して、夕日をバックに仲直りしてそうな感じのアニメ。この「ゲキガンガー」が、テンション感だけでなく、設定やストーリー上かなり重要な意味を持つ。

エヴァっぽさとガンダムっぽさと昭和の熱血アニメっぽさとかいろいろ足して、2くらいで割った内容になっている。2くらいで割ってる。それくらい話のテンポが速い。とにかくテンポが速い。テンポが良すぎて、重要なことがさらっと描写される。普通ならもっとためを作って強調するようなことがさらっと描かれたり、状況が急に進んでたりする。

見ていて飽きない、面白い作品だった。

全26話なのだが、最終話は一旦の区切りがつくだけ。色んな問題が謎のまま、終わってしまう。木星との戦争も全然終わらない。

色んな謎が残ったままなので、そのあとを描いた映画も見た。

映画はアニメの最終話から2年が過ぎた世界なのだが、アニメ版で残った謎は特に触れられず、全く別の話をし始める。んで、それがなんやかんや解決に向かうのだが、そこでも色んな謎が残る。つまり、謎は増える。ええ~。

そもそも、アニメと映画の2年間も、それこそ映画が一本出来そうなくらいいろんなことがあったようで、その輪郭が少しだけ描かれる。なんだよそれ。

ちゃんと物語の謎に決着をつけて欲しいな、と思った。そのあたりは惜しい作品だった。

やっぱりルリが可愛い。映画版では主人公で、艦長に出世したルリ。可愛い。

ルリに「馬鹿」って言われたい。世界には二種類の男がいる。ルリに馬鹿って言ってもらえるタイプの馬鹿男と、言ってもらえないタイプの馬鹿男。現状の自分はルリに馬鹿って言ってもらえない方の馬鹿なので、言ってもらえるような馬鹿な男になりたいなと、思いました。

 

今は「ダンジョン飯」見てる。まだ途中だけど面白い。

 

最近やったゲーム。

・ペルソナ4

実は2周目。1周目は攻略抜きでやって、全コミュレベルMAXはできなかった。なので今回はそれ目指してプレイ。

皆、ちゃんと自分と向き合うのですごい。ペルソナはそこがキャラクターと設定の中心になっているので、かなり切りこんだところまで責めてくる。自分の中の汚い部分とかずるい部分、変えたい、隠したい、誤魔化したい、そういうごちゃごちゃした欲求と真正面から向き合う作品。良いですね。

その先にルリに馬鹿って言ってもらえる自分がいる気がする。それもまた邪な欲求だが、正直なところでもある。正直な自分ってやつは難しい。

あと、ヨシツネが強すぎる。ぶっ壊れ。2周目は序盤からこいつを使えるので戦闘はかなり楽だった。まあ、2周目は終盤のどのペルソナを使ってもぶっ壊れな性能ではある。

 

・クライスタ

ストーリーは良かった。

肝心の戦闘が、いまいち。4人のキャラを操作できるが、一人だけ強すぎる。そいつ以外が途中から影になる。4人とも戦闘スタイルが被らないように設定してあるが、それにしても一人だけ強すぎる。

単調なマップとモブとの戦闘は、「カリギュラ」あたりと被る。クライスタもカリギュラもフリューというゲーム会社が作っているが、大体こんな感じ。ストーリーは面白いけど、戦闘が微妙。

 

そんな感じの5月でした。ゲームとアニメばっかりです。大体いつもそうか。

 

終わり

 

Zガンダム感想 悲しい

アニメ版のZガンダム見ましたので、感想です。

 

総評

面白いけど、ファーストの方が面白かった。

 

細かい感想

・中盤、中だるみを感じたわりに、最後は急ピッチだった。
・アムロが途中から全く触れられない。地球で無双してたのかな。
・シロッコとハマーンのパイロットとしての強さをもっと見せて欲しかった。
・ジェリド、さんざん引っ張ったわりにサクッと死んだ。なんだそれ。
・シャアにもっと良い機体を。前作で最後ジオングに乗ってたのと比べると、百式って微妙。色が派手なだけの、普通な機体って感じだ。

 

他、色々思ったこと。

・ミネバ、ハマーン、シャアの関係は一体なんだったんだろう。
ハマーンは、ジオン復興の口実に幼いミネバを担ぎ上げている。幼すぎるミネバは、ハマーンのことを盲目的に信頼してる。シャアはそんなハマーンに怒りを感じ、ミネバには同情している。

ミネバがシャアを信頼しているのを、ハマーンはどんな感情で見ていたんだろう。
ミネバを仲介にして、シャアと昔の関係に戻りたいとか画策してたのかな。ハマーンのシャアへの思いと、狡猾さなら、それくらい考えていそうだ。でも、戦争ではそうならない。
この三人の過去は、作中の描写が無さすぎる。中だるみを削って、追想シーンとか入れて欲しかったな。

 

・ティターンズとかいう下品な組織
 ティターンズはジオン残党の掃討を目的に組織された。そのお題目で、あちこちで無法を働いていた。30番地事件とか、コロニーレーザーとか。そんなティターンズがアクシズとあっさり手を組む。そして、同じ地球連邦であるエゥーゴと争う。全く筋が通っておらず、場当たり的に非道のかぎりを尽くすのは、清々しいほどのクズって感じで笑えてしまう。

 バスク、ジャミトフ、ジャマイカン、どの指揮者も倫理観のかけらもなく、権力と暴力を暴走させまくる。「コロニー落としは安上りだ」

 末端の兵士は何を思っていたんだろう。「え、アクシズと共闘する?あいつらジオンの残党で、憎いザビ家のガキを担ぎ上げてる連中でしょ?ぶっ殺しましょうよ。毒ガスもコロニーレーザーも使って。え、、、マジで手を組むんですか?」こんな不満はなかったんだろうか。

ジェリドもなー。面白い立ち位置だったけど。カミーユを殺すことだけしか見えてない。その執着心と復讐心は、鬼気迫るところがある。けど、1話からずっと出てた、主人公のライバルと考えると、微妙なキャラだ。

 

・シャアも他のキャラも、ニュータイプに何を期待しているのか?
 シャアは、地球を守るためには人類が全員宇宙で暮らして、ニュータイプにならないといけないと強く思っている。地球連邦の腐敗と環境破壊、アースノイドとスペースノイドの格差など、多くの問題を宇宙世紀は抱えており、それを解決するために大きな期待をニュータイプに寄せている。
この理想こそ、シャアの緊迫した状況を表しているように見えてしまう。借金まみれの人間が一発逆転のためギャンブルに手を出すのと同じだ。ニュータイプという神秘に賭け、辛い現実から目をそらしているだけだ。
 偉大なる○○を守るため、AA人だけ遵守し、劣ったBB人は皆殺しだ、という、人類史で時々目にするお決まりのパターン。追い込まれるほど、極端な思想が流行し、支持される。
 シャアの理想は現実的な壁が多く存在する。まず、ニュータイプに厳密な定義はない。宇宙で生まれ育てば、必ずニュータイプになれるというわけではない。そして、ニュータイプ同士は分かりあって、争いが無くなるというのも嘘っぱちだ。むしろニュータイプによる相互理解は、戦場ではそれぞれの殺意を高め合うだけだ。
 
 そんなこんなで、シャアの理想はかなり危うい。穴だらけだ。そして何より、地球を守る必要などない。

 シャアは地球の重力から解き放たれ、宇宙空間に適応した自分達の方が優れていると思っている。そしてオールドタイプや連邦の偉い人たち、利権を守るため問題を無視する大人たちを「地球の重力に魂を引かれた人間」と揶揄する。
ならばシャアは「地球への憧れを捨てられない人間」、「過去(ザビ家とかララァ)のことを忘れられない人間」だ。
 なぜ、地球を大事にしないといけないのか。人類の大半は宇宙に浮かぶコロニーの中で一生を終えることが出来るのに、なぜ地球を守らないといけないのか。
 なぜなら、人以外の種が地球で生きているから。もちろん、それも理由の一つだ。正しい。ただ、ガンダムでは人類以外の種は基本描かれないので、取って付けた正論でしかない。
 ガンダムは、あくまで人の物語だ。つきつめて考えれば、地球なんてどうでも良くね?というところに、コロニー暮らしのスペースノイドは行きつく気がする。
 それがZガンダムの後の、逆シャアでのシャアの本音だと思う。
 賢いシャアはきっと気づいている。人類全員がニュータイプになっても、平和になったりしないってこと。
 シャアも、シャアについてきた人たちのほとんどの人たちも、シャアの理想の穴と、達成までの果てしない遠さに気づいてたと思う。それでも、その理想に身を投じたのは、何かによってたかったんだと思う。酔うのか、寄るのか、分からないが。

 それほど何かに追い込まれていたんだと、思った。これ、ほとんど逆シャアの感想だな。

 

・肝心のカミーユの感想が無いけど、カミーユのことを考えるのは、すごく疲れる。

 まず、両親との関係、男らしさへの憧れという背景がある。それはカミーユという中性的な名前と、それを与えた両親への嫌悪感として表れる。

 そして実際にはまだ子供なのに、戦場ではその才能ゆえに多くのことを求められ、それにふさわしい振る舞いを要求される。エースパイロット、兵士、大人、上司に従順な部下、そしてなによりニュータイプとして。

 最初はその要求に反発していたが、現実的な生き死にの中で、だんだん自覚が出てくる。

 さらに後半、ファアとカツ、子供たちが登場してからは先輩として、より自分の言動に自覚的になる。

 カミーユの心は、数多くの女性の中で揺れ動く。幼馴染のファア、敵の強化人間のサラ、ロザミィ、そしてフォウ。レコアとエマ。

 とにかく、カミーユは忙しい。ニュータイプの強さゆえ、多くを望まれ、ニュータイプだからこそ様々な思いを読み取ってしまう。こどもらしいわがままさと思い込み、そして直視しないといけない戦場の現実。

 かわいそうな主人公だった。

 

 

そんなこんなで、Zガンダム、結構面白かったです。量も内容も重いけど。

今はガンダムから少し離れて「機動戦艦ナデシコ」見てます。20世紀アニメに魂を引かれた人間です。

 

終わり

【クラナド】これって人生ですか?

アニメのクラナドを見終わった。

この作品、keyすぎる。当たり前なんだけど。

AIRとカノンを先に見たので、色んな既視感がある。

ヒロインの設定とキャラクター、ストーリーの盛り上げ方、オチなど色んなところが似ている。また病弱ヒロインですか。

ところが、2期の途中から様子がおかしくなり始める。智也は卒業したけど、進学も就職もしない。そして渚はまた留年してしまう。

智也は実質親公認みたいな感じで渚の家に居候しながら、パン屋の手伝いをする。渚は一人で、3度目の3年生を始める。

この辺り、智也が卒業した時から話が一気にシリアスになり、生活どうしよっか、みたいな発想になってくる。家とか仕事とか、まじでどうするよ。

進学した藤林姉妹に街中でばったり会った時の、一瞬気まずそうな雰囲気の智也がすげーリアルなんだよな。その後、開き直ってプー太郎ですって自嘲するのも。冷めた気まずさに耐えられず、自分から笑い話にするしかない。

高校生活というファンタジーが切れて、リアルになってくる。

それから仕事決めて家を見つけるまでの速さはすごい。主人公の風格と行動力を見せられた。俺なら3年くらいプー太郎してた。パン屋の手伝いはしてるし、とか言い訳しながら。

渚は一人で学校生活。体育の時間、一人でストレッチしてるシーンがつらい。全然面白くねえだろうな、学校。

それと、卒業後は春原の出番が一気に無くなるのもでかい。彼がいるだけで世界観がだいぶコミカルになる。

その後、渚も何とか卒業。そっから怒涛の展開になってくる。

本当に色んなことが起こるが、一言だけ。あっきーと早苗が偉すぎる。

最終話はよく分からない展開になってくる。あれは、最終話の一話前までが現実で、最終話は凍死しかけの智也が今わの際に見た幻想なんではないかと思っている。マッチ売りの少女みたいな感じで。

というのは冗談だが、結構不思議な終わりになる。感動の中アニメが終わるが、視聴後冷静に振り返るとどういう世界なのか理解が難しい。そして、ちゃんと理解すればいいというものでも、ないのだろう。keyアニメのエンディングは、そんな感じのものが多いので、この辺りもkeyらしさを踏襲しているといえる。

僕の理解力が乏しいだけです。

 

ネットでは、「クラナドは人生」なんて評価のされ方をしているが、こんなご機嫌な人生を歩める人は一握りだ。

一期のある時期、朝智代が部屋まで入ってきて、智也を起こしてくれる。そのまま朝ごはんまで用意してくれて、一緒に登校する。学校の昼休みでは藤林姉妹が弁当を作ってきてくれる。こんなご機嫌な状態、王様でもありえないぞ。智也自身は渚のことで頭がいっぱいなんだけど。

他にも色んなところが、key特有のファンシーさで構築されている。こんな人生ある訳ないだろ。

まあ、人生と言いたくなる気持ちも少しは分かる。

大体のラブコメって男と女が出会って、付き合うまでにフォーカスしてる。その後、結婚や家庭、子育てとかは、あってもダイジェスト程度。

クラナドは智也と渚の親と、彼らの子供の汐にまで物語をちゃんと用意して描いている。描く時間の長さという意味では、ちょっとくらいは人生と言えるかもしれない。

この手の文句は、「ガルパンはいいぞ」と同じ。色んな事を言いたいけど、とても一言では言い表せないし、興奮に任せて迂闊なことを言えば火種になりかねないので抽象的なフレーズに依存するしかない。

もっと言葉をぼかして、無難な大人になっていこう。

ぼかすほど遠大な表現になるのも、言葉の面白いところだ。

 

他には「東のエデン」を見た。何度目か分からない。

昔とオープニングが変わってた。こんなことあるんだ。

なんとなく一話だけ見返したくなって再生したら、そのまま最後まで見てしまった。こうやって人は、同じ作品ばかり見て、最新のトレンドを追う努力をしなくなっていくんだろうな。それか、日常系しか見る気力がない人。その気持ちが少しわかるようになってきた。

物部さんの言うことが少し分かってきた。「国民は一億人の総エゴイスト集団。自分では何も決められないくせに、他人に何かを決められることを嫌う」

どうも、自分では何も決められないくせに、他人に何かを決められることを嫌うエゴイストです。以後お見知りおきを。

 

他にも、いくつかアニメ見てます。最近はZガンダムを見てる。今、ようやくZガンダムの実物が出てきたあたり。結構遅い。物語の中盤あたりまで、zガンダムではなく、ガンダムマークツーが主人公の機体。

ファーストに比べて、変形する機体が多い。

あと、暴力が多い。ちょっと遅刻しただけで、ボコ殴りにされるカミーユ。

モビルスーツ同士も取っ組み合いの肉弾戦になりがち。さっさとビーム系の近距離武器で落とせばいいのに、とか思ってしまう。

カミーユは殴ることも殴られることも多い。面白い男です。

ジェリドは死にそうで死なない。あまり目立った活躍はしていない。カミーユを戦場に引きずり込んだ一言がピークかもしれない。

来月までには見終わってる予定です。

 

終わり

 

【アニメ感想】閃光のハサウェイ キルケーの魔女

「機動戦士ガンダム閃光のハサウェイ キルケーの魔女」見てきた。

 

私はファーストガンダム、Z(総集編映画)、逆シャア、ハサウェイ1作目は見てる。

他のガンダムはあまり見てない。

OO、鉄血、水星は1期だけ見た。どれも2期は見てない。見ようと思って放っておいたら、億劫になってしまったり。いつか見たいのだが、そのいつかは滅多に来ない。

ガンダムオタクの友達と見に行った。

映画館に行くのが久々だったので、物販に行くとネタバレをくらう可能性があることを忘れていた。物販には、作中に登場する新作MSがあって、唖然とした。あーあ。

 

以下、感想、ネタバレ有り。

 

最初30分くらい、マフティーのメンバーたちが船の中でのよくわからない会話をし続ける。連邦政府の会議が、当初の予定通りアデレードで行われるのか、中国に変更になるのでは、とかいろいろ考えてる。キルケー部隊の動向の他、キンバレーとかオエンベリとか、補給物資とか、色んな懸案事項もある。その会話とか作戦シーンが、テロのくせに結構和気あいあいとしてる。テロリストのくせに。この辺りの会話はハイテンポで進むが、固有名詞がいっぱい出てくるので、結構難しい。直前に逆シャアとハサウェイ1作目を見返しといてよかった。

会話で言えば、ハサウェイのセリフは基本全部難しい。常に2段飛ばしくらいで、先読みしたようなことを言っている。状況を読む能力、知識、ニュータイプとしての直観とかで、理解が速すぎるのだ。それをあまりブレーキせずに進むので、セリフが常に先に行っているようで読み取るのが難しい。あと、あまり直接的なことを言わず、外縁をなぞるような言い回しや皮肉も結構言う。そのあたりも相まって、ハサウェイの言葉は難しい。

一つ気になったことは、マフティーのメンバー全員、ハサウェイのこと好きすぎる。なんならギギとかケネスもハサウェイのことずっと気にかけてるし。船の中の猫までハサウェイの足元に絡んでくるし。なんでそんなにハサウェイのことが気になるのか。

大体の女がハサウェイに惚れてるというか、アピールしてる。飯とか飲み物差入してくれるし、ハサウェイと会話する前に前髪を鏡で確認したり。

羨ましい。私も美女に代わる代わる差入れされたい。それだけで腹を満たしていたい。

肝心のハサウェイの本心は、なかなか分からない。ずっとクェスのことを気にしているのは分かる。それを振り切ろうとしてるのも。逆シャアから12年も経ってるのに。ハサウェイの本心が、本当に分からない。

なぜみんな、こんなにハサウェイのことが好きなのか。リーダーとして慕っているとかを超えている気がする。そのあたりの前日譚とかは、今後されない気がする。小説読むしかないかな。

 

一方で、ケネス率いるキルケー部隊。

ケネスの部下かわいそう。めっちゃ激務。大事な作戦が目前だからしょうがないが、にしても激務。20日かかる行程を3日でやれとか、勘弁してくれ。

しかもケネスはギギとかいうオカルト女連れて来るし。戦場ではゲン担ぎも大事だ、とか言って、自分は美人を何人も連れまわしている。しかもそのオカルト女が、マフティーはエアーズロックにいるかも、とか言い出して、部隊を実際に向かわせるし。

「マフティーが観光地にいるわけないだろ!!」

 

ギギ。

クェスほど、無茶苦茶ではない。自分は所詮、伯爵の愛人でしかないという、諦めを持っている。予言者としておだてられても、やんわり否定したり。

ギギはメイスになんて言ったのだろうか。まあ、どうせ碌な事は言っていないだろう。このあたりの女同士のやりとりは、逆シャアのクェスとチェーン、あとナナイとのやり取りを思い出す。というか、クェスが無茶苦茶すぎた。若さゆえの過ちというやつか。

ギギは伯爵の境遇に同情してもいる。周りのみんなが伯爵の遺産やおこぼれ狙いで近づいてくるか、やっかいがるだけだ。まあ、ギギもそのおこぼれを存分に受け取っているんだけど。豪華な別荘を用意されてるし。

ギギが別荘の内装を変えるシーンは意味不明だった。音楽までかけて演出するような場面だったのだろうか。

 

レーン・エイム。

情けない男。ケネスのやり方が気に入らないのを、陰で独り言ちるしかない。でっけえ飛行機のエンジンの音でかき消されるように、「マフティーが観光地にいるわけないだろ!!」と叫ぶしか出来ない。

ハサウェイには負け続けるし。

 

ハサウェイの表情がヘルメットで全く見えない。それをギギに指摘され、ヘルメットを取ると、青ざめた表情で泣いた跡がある。

ハサウェイの涙と対応するように、Ξガンダムの顔面の装甲が剥がれ落ちる。あの演出は良かった。

 

前作終盤のペーネロペーとの戦いで、アムロがハサウェイにアドバイスを送っていた。今作ではシャアがハサウェイに何か言葉を投げかけるのかと上映前に予想してた。シャアが出てきたら、ハサウェイに何を言うんだろうなーとか、色々妄想してた。

正解はハサウェイがシャアの名セリフを言う、でした。

ハサウェイ君、面白すぎる。

逆シャアのアクシズ落としの時のシャアとアムロのやり取りをハサウェイが知っているわけない。なので、彼らの意志はサイコフレームの共振でハサウェイに伝わってしまったのだろう。そのせいで内面がぐちゃぐちゃになってしまった、かわいそうな男がハサウェイなのだ。

チェーンを殺してしまったことがトラウマとなってフラッシュバックしてしまうシーンは、重すぎる。

 

キルケーの魔女のテーマの一つが解脱だ。

ハサウェイは自分の世俗や肉欲を捨てて、解脱したいと願う。もちろん、そんなことできずに女体が気になる。

ケネスは、自分は解脱なんてできない、しょうもない一個人に過ぎないと自嘲する。大佐として部隊を率いているけど、所詮その程度の人間なんだという諦めだ。

ギギは、伯爵を見ながら無常さを感じている。大金と地位を持ちながら、愛人の自分の前では怯えたように震える情けない男。死後に何を持っていけるのか?そんなことを考えている。

ハサウェイの元カノのケリア。彼女は急に髪を全部剃って坊主になった。あれの真意は分からなかったが、仏門に入る尼のようなイメージだろうか。ケリアもハサウェイの身を案じながら、彼との関係性の正解が分からずにマフティーを去ってしまう。ハサウェイのことがまだ気になるけど、マフティーのリーダーとして振る舞うことが必要なことも理解している。ハサウェイとの関係をどうしたらいいのか分からなくなってしまって、全部捨てるために出家したような感じだ。

逆シャアのナナイは、そのあたり上手くやりながら、シャアとの関係をきづいていた。というか、女性を転がすのがうまいのはシャアの器用さだと思う。そういったしたたかさは、ハサウェイにはないな。

解脱というテーマは次回にも引き継がれるのか。分からん。ハサウェイが何かを振り切るきっかけになればいいが。

 

とかいろいろなことを思いました。次回作はいつになるのやら。ハサウェイのお父さんのブライトとかも出てきそうで、なかなか気になります。

 

終わり

 

2025年 ベスト10冊

2025年 ベスト10冊

 

あけましておめでとうございます。

もう2026年になって10日以上たつが、呑気にもいまさらこんな記事を上げる。

去年は63冊本を読んだ。週1冊を少し上回るペースだ。資格の本とか雑誌は計測していないので、実際はもっと読んでると思う。

再読の本も結構あった。「イリヤの空、UFOの夏」は何度読んでも面白いのだ。

2025年に初めて読んだ小説の中で面白かった本を10冊紹介する。

 

1.あなたの人生の物語 テッド・チャン

 8つの短編が収録されている。どれも傑作のSFだ。

 巨大なばかうけみたいなものが突然世界中に現れてから始まる表題「あなたの人生の物語」は「メッセージ」という映画にもなっている。異星人とのファーストコンタクトが描かれているが、言語の違いによる世界の感じ方の違いを表してもいる。

 他のどの作品も名作だ。

 「顔の美醜について ドキュメンタリー」はかなり考えさせられる話だ。カリーという、顔の美醜についての判断力を失う処置に賛成か反対か。その問いに対して多くのキャラが自論を述べていく作品。副題のように、ドキュメンタリーを見ているようだ。カメラが多くの人々に、最新技術に対する是非を問う。「あなたは〇〇に賛成ですか?反対ですか?」

 良いSFは現実離れした技術や世界を描くだけではなく、そこに住む人々と社会を描く。人々はその技術をどう受け入れ、あるいは反発し、それを生活に落とし込むのか。それで生じる考えや人生の変化を、現実との相違点を思いながら読むのが面白い。カリーを使えば、他人の顔を認識する時に、美醜の判断がつかなくなる。そうなると、人々の考え方はどう変わるのか。大勢の人物が自論と経験を述べていく。

 

2.華氏451度 レイ・ブラッドベリ

 本が違法となり、燃やさなければいけない世界。隠された本を燃やす仕事、消防士ならぬ、昇火士が存在する世界。主人公のモンターグも昇火士であるが、自宅に本を隠している。

 梵書は実際に行われてきた歴史である。それは支配者が自分たちに不都合な真実や歴史、知識を改ざんするために行われてきた。今や、真実は情報を隠ぺいするのではなく、大量の嘘に埋もれされる時代のように感じる。僕らは何が本当で嘘か、見分けるのがすごく難しい世界に生きている。本が焼かれて歴史が途絶えるのではなく、多くの嘘で本当が埋もれる時代。本物より魅力的で、直観的に支持したくなるような嘘や物語が溢れる時代。

 「華氏451度」の世界は恐ろしいが、その反対側に今の世界は身を置いているような。そんなことを思ったり。

 クラリスやベイティーといった、主人公モンターグの周囲の人間が魅力的な描かれ方をしており、また読み返したい一作だ。

 

3.プロジェクトヘイルメアリー アンディ・ウィアー

 10pごとに面白い。ひとつながりの物語なのに、ショート動画をずっと見ている気分だ。情報の開示のテンポ感がすごく良い。恐ろしく計算されて配置されたストーリーで、事実が一つずつ明らかになり、物語が進んで行く。読者を飽きさせないための努力がえげつない。

 今年映画化されるらしい。内容があれなので、あまり多くは語れないが、予告編の時点でネタバレではある。

 というか、1ページ目の宇宙船の見取り図、いやそれよりも、表紙の時点で序盤のネタバレではある。主人公は記憶喪失で、自分が誰でどこにいるのかも分らない。「ここはどこ?私はだれ?」状態だ。数十ページかけて判明することが、そこが地球上ではないことなのだが、表紙を見れば丸わかりである。完全にネタバレを伏せることは難しい。

 

4.ザリガニの鳴くところ ディーリア・オーエンズ

 20世紀後半、アメリカの海辺の湿地帯、その中にある小さな村が舞台。主人公のカイアは貧しい家庭に生まれた小さな女の子。彼女の両親と兄弟はバラバラに家を出ていき、カイアは一人で生きていくことになる。学校にも通わず一人で生き抜いてきたカイアが20才を超えたころ、村で殺人事件が発生し、カイアは容疑者となる。

 この物語は、少女のカイアがどうやって生き延びるのかというサバイバルと、不可解な事件のミステリーという二軸で構成されており、そこが大きな見どころだ。しかし、この作品はそれだけにとどまらない。カイアは一人自然の中でほとんどの時間を過ごし、食料をとったり自然の観察をしたりする。そこで描かれる湿地帯の自然の豊かさと、そこに住む動物の生き様の奥深さも多く描写されている。かつ、その村の貧富から生じる格差、当時のアメリカにあった人種差別など社会的側面も描かれ、多くの見どころがある。

 非常に多くの切り口から物語を見ることができる。

 

5.動物農場 ジョージ・オーウェル

 「1984年」でも有名な作家の、ディストピア小説。「1984年」とは違った形で管理社会が描かれている。

 とある農場、そこには多くの種類の動物が人間に飼育されていた。その扱いはひどいもので、ある日動物たちは結託して人間たちを追い出すことを決意する。動物たちのクーデターは見事成功し、人間たちは農場から逃げ出していった。それから動物たちによる自治が始まった。

 これが物語の序盤である。だいぶファンタジーな設定で、動物たちがお互いに会話をすることが出来る。犬や馬、豚やアヒルなどがそれぞれ会話をするシーンなんかは微笑ましい。

 動物たちは人間がいなくなった農場である理想を掲げる。それは全ての動物たちは平等である、という理想である。動物たちは理想と生活のため、リーダーを選んだ。知能の高い豚がリーダーに選ばれ、最初の方は理想の実現のために全ての動物が頑張っていた。

 しかし、指導者の豚は少しずつ自分の権力を拡大させていき、他の動物たちとの格差が生じるようになっていく。

 「1984年」も傑作のディストピア小説だった。こちらは人間の社会の話で、体制は既に出来上がってしまった世界である。そこで生きる人間と、未だ残る革命の伝説にすがる話で、非常にリアルな作りになっている。市民たちが互いに監視しあい、体制に反発する素振りさえ見せることができない、完成された監視社会の話だ。

 「動物農場」は虐げられていた存在が、革命によって自由を得るところから始まる。人から解放された自由と、全ての動物が平等というスローガンを掲げる理想的な世界から、だんだんと権力に支配された世界にまた戻っていく過程が面白い。

 

6.図書準備室 田中慎弥

 表題「図書準備室」と「冷たい水の羊」の二本が収録されている。

 「図書準備室」は30を超えた男が、なぜ自分が無職で、これからも働くつもりがないのかを、延々と喋り続けるという、どうしようもない物語だ。男は自分が中学生だった頃の話を長々と喋るのだが、随所にその男が世間一般とずれているところを感じ取れる。男にその自覚があるのか、それは微妙だ。

 男が中学生だった時、吉岡という国語の教師がいた。ある時二人は図書準備室で二人きりになる。そして吉岡が語る、彼が子供だった時の戦時中の話と、物語はさらに過去に繋がっていく。

 それらが、なぜ男が無職なのかという話と繋がる訳ではない。すべて無職の男の詭弁だ。

 「冷たい水の羊」はいじめられっ子の中学生が、好きな同級生と無理心中しようとする話。うーん、やっぱりまともな話ではない。

 主人公の真夫はいじめられている。殴られ、金を要求され、物を壊される。それらは明らかにいじめなのだが、真夫は自分がいじめられているということを認めない。教師に追及された時もそれを否定し、自分の中でも、本当に自分がいじめられていないと思い込む。そう思い込むことで何かを守っているのだが、彼は本心を誰にも明らかにすることが出来ない。そうやって自分の中でため込んだ様々な思いが、結果、好きな同級生を殺した後に自分も死ぬという計画に繋がる。そこにはもちろん理屈なんてないのだが、思春期の性欲やいじめという事実、両親とのすれ違いなどでそこに結びつく。その屈折した考えが丁寧に、時に突飛に描かれ面白い。

 どちらの話も、結局は詭弁でしかない。しかし自分の中で蓄えられた考えや思い込みが、結果妙な理屈として積みあがっていく過程が興味深い。

 

7.砂の女 阿部公房

 昆虫採集に出かけた男が、砂だらけの集落に囚われる話。男は周囲を砂に囲まれたボロ家に囚われ、村の女と一緒に生きていくはめになる。生活の全てに砂が問題として関わってきて、家が埋もれないように砂かきをして一日を終えるような生活だ。外からやってきた男はそんな生活にむりやり巻き込まれる。

 砂の穴にとらわれ、そこからどう逃げるかというサスペンスとしても面白い。

 あの砂の性質と洞察、村の実態だけで面白い。奇抜なだけでなく、練りに練られた設定は、その説明だけでそそられる。

 一方で、そこで暮らす人間や人生そのものへの洞察も鋭く面白い。一度穴から出て、そのあとまた戻されてから、あの世界に慣れていく過程も面白い。とにかくどこを切り取っても面白い作品だった。

 サスペンス的に面白い読み物である一方、人間の本質的な問いも提示される。人生って何なんだ。人がかごの中の虫を観察するように、砂に囚われた人間の生き様、考え方を見ることが出来る。

 

8.行人 夏目漱石

 頭が良すぎてどうにかなってしまった男の話。妻の本心が分らず、子供は懐かず、弟は信じられず。そんな感じで人間不信になり、ついには弟と妻の関係を疑ってしまう学者の苦悩が描かれる。

 他の夫婦も何組か登場しており、結婚がテーマだと思われる。どの夫婦もなにかしら問題があるようで、ままならない。でも、独身の弟や妹もあーだこーだ悩んでるようで。皆あれこれ悩んでる。その苦悩と描かれる微妙な人間関係が素晴らしい。

 それと、温泉旅館での妻がエロすぎる。直接的な描写がされるわけでもなく、行為に発展するわけでもない。しかし、さりげなく表現される色気や妖艶さが端的ながらも効果的だ。「草枕」でも温泉の女性の描写がかなり色っぽいので、漱石は温泉につかる女性が好きだったのかもしれない。

 

9.女のいない男たち 村上春樹

 6つの短編集。タイトル通り、女性を失ってしまった男が主題。

 まず、文章の読みやすさ。これはやっぱりずば抜けている。比喩表現や、内面の描写の仕方が素晴らしい。

 一方で、設定は不可解というか、全貌が明かされないものもある。あくまでその状況に置かれた人間が何を感じ、どう生きているのかを語ることに注力している感じ。

 短編の一つ、「シェエラザード」では、男がどういった状態にあるのかほとんど分らず、女性の語りでほとんど終わってしまった。その女性の語りも、やってることはやばすぎる。

 このテーマで、母親を失った息子の話は出てこないんだな、と読み終わった後思った。書いてないことにあれこれ思うのも的外れだが。母性とか、それを求める息子とか、そういった思いは村上春樹の興味ではないのかもしれない。あくまで自分のパートナーとしての女性。それを描きたいのだろう。

 

10.永遠の春 山口泉

 異質だった。大風呂敷のような設定、それも作中登場する作品と入れ子構造になっており難しい。文章も巧みで鋭い表現がところどころにある。だが、読み終わると置いてかれるような、すごいもんが通り過ぎていったという感じがして、呆然とする。

 性のことがテーマの物語に、性に無関心な男と女が登場するが、彼らはあまり個性的でないというか、淡泊でまともな人間だ。一方で自分の子供を持つ人物はどぎつい個性やどろどろとした欲を持っている。それが性の放つグロテスクさだろうか。

 

 以上、2025年に読んで面白かった本10冊だ。

 気づけば日本の本と外国の本が半々だ。SFが好き。有名どころで読んでない本もいっぱいあるので、まだまだ楽しみが残っている。グレッグイーガンとかフィリップKディックとか、その他いろいろ。

 国内外、時代を問わず、気ままにいろいろ読んだ。その中でも読みやすいのは、今の日本人が書いているものだ。これは断トツ。やっぱり、言葉使いや出てくる単語に親しみがある。翻訳された洋書は読みやすさの当たりはずれが大きい。でも、読みにくくても良い文章もある。

 

2026年ももっと本を読みたい。

 

終わり